プロメガ実験ノート vol.9 Luciferase 発光で可視化する、mRNAのステムループ 構造を利用した標的遺伝子の翻訳 ON/OFF 制御
プロメガ実験ノート Vol.9 Luciferase 発光で可視化する、mRNAのステムループ構造を利用した標的遺伝子の翻訳 ON/OFF 制御 岩手医科大学医学部微生物学講座 石川静麻 様 はじめに 細胞内で目的遺伝子の発現を制御する技術は、生命現象の理解や細胞機能の操作に欠かせない基盤技術です。これまでにも、プロモーター活性の制御や外因性因子による発現誘導など、様々な遺伝子発現制御システムが開発されてきました。一方で、mRNAが実際にタンパク質へ翻訳される段階を制御できれば、転写制御とは異なる新しい発現制御の選択肢となります。 私たちは、mRNA上に形成されるステムループ構造に着目しました。標的遺伝子の上流にステムループ構造を形成する配列を配置すると、リボソームの進行が妨げられ、下流の標的遺伝子の翻訳が抑制されます。一方、ステムループ構造を形成する配列と相補的なmRNAが細胞内に存在すると、mRNA-mRNA間の相互作用によってステムループ構造が変化し、リボソームが再び進行できるようになります。 細胞内で目的遺伝子の発現を制御する技術は、生命現象の理解や細胞機能の操作に欠かせない基盤技術です。これまでにも、プロモーター活性の制御や外因性因子による発現誘導など、様々な遺伝子発現制御システムが開発されてきました。一方で、mRNAが実際にタンパク質へ翻訳される段階を制御できれば、転写制御とは異なる新しい発現制御の選択肢となります。 私たちは、mRNA上に形成されるステムループ構造に着目しました。標的遺伝子の上流にステムループ構造を形成する配列を配置すると、リボソームの進行が妨げられ、下流の標的遺伝子の翻訳が抑制されます。一方、ステムループ構造を形成する配列と相補的なmRNAが細胞内に存在すると、mRNA-mRNA間の相互作用によってステムループ構造が変化し、リボソームが再び進行できるようになります。 この考えに基づき、私たちは、標的遺伝子の上流に「翻訳制御領域」を配置し、特定のmRNAの存在に応答して標的遺伝子の翻訳をON/OFFするシステムを構築しました。本稿では、B型インフルエンザウイルス由来NP遺伝子配列を用いたEGFPの翻訳制御、およびSARS-CoV-2由来N遺伝子配列を用いた Luciferaseの翻訳制御について紹介します。特にLuciferaseを標的遺伝子とした系では、翻訳抑制と翻訳回復を発光シグナルとして定量的に評価することができました。 1. mRNAのステムループ構造を利用した翻訳制御システムの概要 本システムの基本的な考え方を図1に示します。標的遺伝子の上流に、ステムループ構造を形成する翻訳制御領域を配置します。このステムループ構造がリボソームの進行を妨げることで、下流にある標的遺伝子の翻訳が抑制されます。この状態が「翻訳OFF」の状態です。 一方で、翻訳制御領域と相補的な配列を持つmRNAが細胞内に存在すると、そのmRNAが翻訳制御領域の一部に結合します。その結果、形成されていたステムループ構造が不安定化し、リボソームが標的遺伝子の翻訳開始部位へ進行できるようになります。この状態では、標的遺伝子の翻訳が誘導され、タンパク質発現が回復します。これが「翻訳ON」の状態です。 2.B型インフルエンザウイルス由来NP遺伝子配列を用いたEGFP翻訳制御 翻訳制御システムの動作を視覚的に確認するため、レポーターとしてまず、EGFPを用いました。B型インフルエンザウイルス由来NP遺伝子配列から、ステムループ構造を形成すると予測される領域を選択し、その相補配列をEGFP遺伝子の上流に挿入しました。このベクターを細胞に導入すると、ステムループ構造が形成される配列を上流に持つEGFP mRNA(配列5, 6)では、対照と比較して蛍光が低下しました(図2上段)。次に、同ウイルス由来NP遺伝子の発現ベクターを共導入しました。NP遺伝子由来mRNAが細胞内に供給された条件では、EGFPの蛍光が回復しました(図2下段)。 同ウイルス由来HA遺伝子を導入した場合には、EGFP発現の回復は認められませんでした。また、ステムループ構造を形成しない配列をEGFP上流に挿入した場合には、EGFPの翻訳抑制が十分に起こりませんでした。 これらの結果から、本システムでは単に外来遺伝子を導入するだけではなく、翻訳制御領域のステムループ構造と、それに相補的なmRNA配列の組み合わせが重要であることが示されました。 図1. mRNAのステムループ構造を利用した標的遺伝子の翻訳 ON/OFF 制御の模式図 標的遺伝子の上流に配置した翻訳制御領域がステムループ構造を形成すると、リボソームの進行が妨げられ、標的遺伝子の翻訳が抑制される。翻訳制御領域と相補的なmRNAが存在すると、mRNA-mRNA相互作用によってステムループ構造が変化し、リボソームが進行可能となり、標的遺伝子の翻訳が誘導される。 図2. B型インフルエンザウイルス由来NP遺伝子配列を用いたEGFP翻訳制御NP遺伝子配列に相補的な翻訳制御領域をEGFP遺伝子上流に挿入すると、EGFP発現が抑制された。NP遺伝子発現ベクターを導入すると、EGFP発現が回復した。 プロメガ株式会社 本社〒103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町1-5 PMO日本橋江戸通7F Tel. 03-3669-7981 大阪事務所〒541-0051 大阪府大阪市中央区備後町4丁目1-3御堂筋三井ビルディング4階 Tel. 06-6202-4581 日本語 Web site : www.promega.co.jp 学術部 ● Tel.03-3669-7980● E-mail:prometec@jp.promega.com 販売店: PK2609-02BP *製品の仕様、価格については2026年9月現在のものであり予告なしに変更することがあります。 本システムで最も難しかったのは、翻訳を十分に抑制でき、かつ相補mRNAが存在したときに発現が回復する翻訳制御領域を設計する点でした。ステムループ構造が不安定な配列では、標的遺伝子の翻訳を十分に抑制できません。一方、構造が安定な場合には、相補的mRNAが存在しても翻訳回復が起こりにくくなる可能性があります。そのため、二次構造予測だけでなく、実際に細胞内でレポーター遺伝子の発現を確認しながら手探りで候補配列を評価する必要がありました。 EGFPを用いた蛍光観察では、翻訳制御の様子を視覚的に確認できる反面、候補配列間の差を定量的に比較するには限界がありました。そこでLuciferaseを用いた発光アッセイを組み合わせることで、翻訳抑制と翻訳回復を数値として評価できるようにしました。発光測定では、プラスミド量や測定タイミング、発光値のダイナミックレンジを確認しながら、安定して比較できる条件を整えることが重要でした。 1. WO2026116314 -標的遺伝子の翻訳制御システム 参考文献・特許情報 製品名 サイズカタログ番号 関連製品 ONE-GloEX Luciferase Assay System 10 mL E8110 こんなところで苦労しました 3. SARS-CoV-2由来N遺伝子配列を用いた Luciferase 翻訳制御 EGFPを用いた実験では、翻訳制御の様子を視覚的に確認できます。一方、候補配列ごとの翻訳抑制能や、回復の程度を定量的に比較するためには、蛍光法では限界があり、他の評価手法が必要です。そこで私たちは、レポーターとしてLuciferaseを用い、翻訳制御システムを発光シグナルとして評価しました。 SARS-CoV-2由来N遺伝子の中から、特徴的なステムループ構造を形成すると予測される領域を選択しました(図3. 配列28, 29)。それらの相補配列をLuciferase遺伝子の上流に挿入し、翻訳制御領域を持つLuciferase発現ベクターを構築しました。 ONE-GloEX Luciferase Assay Systemを用いてLuciferase活性を測定したところ、対照と比較して、翻訳制御領域を持つLuciferaseでは発光値が大きく低下しました(図3左)。続いて、N遺伝子を発現するプラスミドを同時に導入したところ、抑制されていたLuciferase活性が回復しました(図3右)。 Luciferase発光を利用することで、ステムループ構造による翻訳制御を、発光値の変化として定量的に評価できました。EGFPによる蛍光観察は、細胞内で翻訳制御が起こっていることを直感的に示すのに適しています。両者を組み合わせることで、翻訳制御システムの設計と検証を効率よく進めることができました。 4.発光アッセイによる評価と今後の展望 本システムでは、翻訳制御領域の設計が最も重要なポイントです。そのため、候補配列から最適な配列を選別することが不可欠です。候補配列の比較には、Luciferaseを用いた発光アッセイが適しています。発光値として結果が得られるため、 翻訳制御領域ごとの抑制能や相補的mRNAによる回復率、条件間のばらつきを数値で比較でき、プレートリーダーを用いることで多検体の候補配列も効率よく評価できます。 今回はONE-GloEXLuciferaseAssaySystemを用いることで、翻訳制御領域によるLuciferase発現の低下と、N遺伝子由来mRNAによる発現回復を明瞭に検出することができました。 本システムは、特定のmRNAの存在に応答して、翻訳段階でレポーターの発現を制御する技術として、細胞感染したウイルス核酸検出などへの応用が期待されます。今後、標的に応じて翻訳制御領域を設計することで、多様な細胞内イベントを翻訳ON/OFFとして読み出すことが可能になると考えられ、発光レポーターはその候補配列のスクリーニングや条件検討における有用な評価手段になるでしょう。 図3. ONE-GloEX Luciferase Assay Systemを用いた Luciferase翻訳制御の定量評価 SARS-CoV-2由来N遺伝子配列に相補的な翻訳制御領域をLuciferase遺伝子上流に挿入すると、Luciferase活性が低下した。N遺伝子発現プラスミドの共導入により、Luciferase活性が回復した。