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プロメガ実験ノート vol.6 Bafilomycin A1耐性清酒酵母の醸造特性 -発光測定法を活かした清酒酵母の特性解析-

22 はじめに 清酒は蒸した米、水、麹そして酵母を増殖させた酒母を原料に20~30日程度、醸造させることで製造 される日本古来の伝統酒です。醸造に用いられる清酒用の酵母(清酒酵母)(図1)は分類学上は出芽酵⺟ サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に分類されますが、他の出芽酵母株にはな い優れたアルコール発酵能と特徴を示します。例えば、醸造の過程では低温、低pH、低酸素、高濃度の糖 分、また後期にはエタノール濃度が高くなるなど、きわめて厳しいストレス条件下になります。しかし、 このような高ストレス条件下において活発に発酵できることは清酒酵母の特徴のひとつです。 また、酵⺟の性質は清酒の特徴を決定する要因のひとつです。古くは蔵つき酵母としてその酒造・酒造 場独自の風味を生み出すものとして重宝されてきました。酵⺟が醸す様々な化合物が清酒の個性を引き出 すことから、現在でも新たな性質を持つ清酒酵⺟の探索や育種が盛んに⾏われています。今回、私達が開 発している新しい酵母と、プロメガ社の発光技術を用いて解析した新規酵母の特性についてご紹介します。 2. V-ATPaseの活性に着目した新規高発酵性酵母の育種の 検討 CTZを用いた方法では醪初期から発酵が旺盛な株が高頻度で取得でき るという特徴があります。しかし、発現量が上昇するABCトランスポー ターの中に有機酸を排出するトランスポーターも存在しています(例. Yor1)。有機酸の排出量が増加することで、酸度の上昇も引き起こされる 懸念があります(図3)。酸度の増加は決して悪いものではないのですが、 酸度が増加すると清酒の酸味が強く感じられる酒質になることから、酒質 を変えずに発酵性のみを向上させたい場合にはこの特徴がネックとなりま す。そこで酸度に影響を及ぼさない高発酵性酵母の育種方法の開発を目標 とし、更なる研究を行いました。 今回の研究で注目したのが液胞膜に局在するV-ATPaseです。図3に本 研究の作業仮説を示しました。V-ATPaseはATPの加水分解エネルギーを 使ってプロトンを小胞内に輸送、小胞内部の酸性化に寄与しています。 白鶴酒造株式会社・研究室 中瀬 舞 様 Vol. 6 1. 高発酵性酵母の育種方法 清酒の醸造において醪(もろみ)中でのエタノール濃度は約20%にま で達すると言われてます。高濃度のエタノール存在下では酵母の増殖が 止まり、酵母の死滅・自己消化によって、アミノ酸度、酸度、着色など が進んで清酒の品質が劣化しやすくなります。そこで種々の手法を用い て高い発酵能をもつ酵母の開発・育種方法が行われてきました。 古くから実施されている方法はエタノールにより強い耐性を示す株を 取得する方法です(1) 。醪末期の高エタノール環境に耐性をもつ株が取得 されており、その後の解析からタンパク質修復・分解、活性酸素除去、 細胞壁構築などの多様な遺伝子の関与が示されています。しかし一方で、 エタノール耐性での育種法は醪末期において、旺盛に発酵能を示す株の 取得には必ずしもつながりません。 そこで近年では酵母内の代謝機構やその分子機構に基づき、人為的に 変異を導入し、目標とする性質を示す酵母を取得する方法も用いられて います。私達はエルゴステロールの阻害薬のクロトリマゾール(CTZ) を用いた耐性株を取得しました。この耐性株では親株と比較し発酵力が 高く、エタノール生産量の多い事を見出し、分離株を用いた淡麗純米酒 の開発に成功しました(2)。図2にCTZ耐性株の高発酵性の推定メカニズ ムを示しています。CTZ耐性株では多剤耐性ABCトランスポーター (ATP binding cassette (ABC) transporters)の発現を制御するPdr1ま たはPdr3に、点突然変異が生じており、Pdr5やYor1などの膜タンパク の発現が強く亢進していました。これらのタンパクはATP加水分解活性 を持ち、加水分解で得たエネルギーを使用して細胞内の薬剤を排出する 役割を果たしています。 ABCトランスポーターの過剰発現の結果、CTZ 耐性株では細胞内ATPが枯渇し、解糖系・エタノール発酵が亢進する特 性を獲得したと考えています。 図 2 :CTZ耐性清酒酵母の高発酵性の推定メカニズム 図 1 清酒酵母の顕微鏡下写真 左図は培地条件、右図は上槽前(醪末期)の清酒 酵母。醪末期では酵母が肥大化し、細胞内に発 達した液胞様の構造が観察される。 図3 :Baf耐性清酒酵母の高発酵性メカニズム(仮説) Bafilomycin A1耐性清酒酵母の醸造特性 -発光測定法を活かした清酒酵母の特性解析V-ATPase阻害剤であるBafilomycin A1(Baf)を酵母に処理し、耐性株の 選択を行うことで、V-ATPase高活性化株が取得できると考えました。そ してV-ATPaseの高活性化に伴って、細胞内ATP量の減少や解糖系の亢進、 発酵能の亢進が観察されると予想しました。 従来の評価技術では吸光度や蛍光を用いて測定を行うため、酵母の培地 に含まれる様々な添加物・サプリメント・酵母由来の細胞成分が大きな バックグラウンドに繋がることが懸念されました。そこで低バックグラウ ンドかつ感度よく測定できる方法を求め、プロメガの発光測定キットで、 Baf耐性清酒酵母の特性を解析する事としました。 プロメガ株式会社 製品名 サイズ カタログ番号 関連製品 Glucose Uptake-Glo™ Assay 5mL (50回分) 1. 原 昌道, 佐々木雅道, 小幡 孝之, 野白 喜久雄:醸協, 71, 301(1976) 2. 溝口 弘子, 渡辺 睦.アルコール高発酵性酵母の育種. Journal of the Brewing Society of Japan 93(11), 850-857, 1998, 11-15 3. 中瀬 舞、西本 遼、窪寺 隆文、明石 貴裕. Bafilomycin A1耐性清酒酵母の醸造特性.日本農芸化学会2018年度大会 3. Baf耐性清酒酵母の代謝活性および高発酵性の解析 親株となる清酒酵母にUVを照射し、Baf耐性株の取得を試みました。耐性を示した株のうち、ここでは2株をピックアップし、代謝活性や発酵性の評 価を行い、その結果を示しました(図4)。Baf耐性株の標準的な株をBaf-1株、顕著に発酵性が向上した株をBaf-2株と記載しています。 まず、今回のターゲットであるV-ATPaseの活性を蛍光pH指示薬を用いて評価したところ、Baf耐性株では液胞が酸性化しており、V-ATPaseが高活 性化していることが示されました(Data not shown)。次にBaf耐性株の細胞内ATP量を発光法を用いて測定しました。その結果、Baf株では細胞内ATP 量が減少していることが確認できました(図4A) 。続いて、酵母のグルコースの取り込み活性を発光法を用いて測定し、Baf耐性株のグルコースの取り 込み活性も、親株と比較して高くなっていることがわかりました(図4B)。 実際の発酵性が向上しているかを検討するために、これら3つの清酒酵母を株を小仕込み試験に供しました。炭酸ガスの排出量を発酵の進行を示す マーカーとして示しています(図4C)。Baf耐性株は発酵の初期から発酵性が向上しており、産生されるエタノールが親株よりも最大で1.5%増加しまし た。またBaf耐性株は醪末期でも発酵が旺盛であり、醪末期のストレス耐性を獲得している可能性が示唆されます。加えて、酸度とアミノ酸度は、いず れも親株と同等または低減していることが確認できました(Data not shown)。 J1341 BacTiter-Glo™ Microbial Cell Viability Assay 10mL (100回分) G8230 4. まとめと今後の展望 Baf耐性株を取得すると酸度に影響を及ぼさずに発酵性を向上できるこ とがわかりました。また、醪末期のストレス耐性も強化されている可能 性が示唆されたことから、今後はこれらのメカニズム解明を試みる予定 です。さらに、実用株の取得に本育種法を利用し、清酒の新商品開発を 目指していく予定です。 図 4 Baf耐性清酒酵母の代謝活性および発酵能の解析 A.細胞内ATP量の測定。YP20D培地にて種々の清酒酵母を1日静置培養し、BacTiter-GloTM Microbial Cell Viability Assay (Promega)より酵母細胞内のATPを発光シグナルとして測定した。**:p<0.01 *:p<0.05を示す。B.グルコース取り込み活性の比較。YP20D培地にて種々の清酒酵母を1日静置培養 し、前処理としてZymolyase処理を行い、その後Glucose Uptake-GloTM Assay (Promega)にてグル コースの取り込み能を発光シグナルとして測定した。 **:p<0.01 *:p<0.05を示す。C. Baf耐性株の 発酵経過。BafA1耐性株とその親株を総米400 g, 温度9.5℃の小仕込み試験に供した。経時的に炭酸ガ スの排出量をモニターし、発酵の進行度を比較した。 A B C プロメガ学術部からのコメント 夾雑物が多い酵母培養サンプルでも安定した測定が出来た事は発光アッ セイの良さを示しており、嬉しい限りです。また、酵母は動物細胞と異 なり、細胞壁を有します。Zymolyase処理によって哺乳動物細胞向けの Glucose uptakeアッセイが実施できた事、さらにBactiter-Glo(ATP測 定アッセイ)は前処理不要で簡便に測定できる結果になっており、素晴ら しいと思います。 実用株を用いた清酒をいただける日を楽しみにしています。 参考文献 こんなところで苦労しました プロメガ社のキットでは酵母サンプルを用いた事例がなかったため、 測定条件や2-DGの投与量、投与時間を検討する必要がありました。 特に酵母は動物細胞と異なり細胞壁を有するため、十分な発光値を 得るためには酵母細胞壁溶解酵素Zymolyaseでの前処理が必要です。 プロメガ株式会社 本 社 〒103-0011 東京都中央区日本橋大伝馬町14-15 マツモトビル Tel. 03-3669-7981 / Fax. 03-3669-7982 大阪事務所 〒532-0011 大阪市淀川区西中島6-8-8 花原第8ビル704号室 Tel. 06-6390-7051 / Fax. 06-6390-7052 日本語 Web site : www.promega.jp テクニカルサービス ● Tel. 03-3669-7980 / Fax. 03-3669-7982 ● E-mail: prometec@jp.promega.com 販売店: PKS180501 *製品の仕様、価格については2018年5月現在のものであり予告なしに変更することがあります。